東京高等裁判所 平成4年(行ケ)59号 判決 1993年12月22日
兵庫県神戸市兵庫区荒田町二丁目16番4号
原告
三松久夫
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 麻生渡
指定代理人
土井清暢
同
中村友之
同
涌井幸一
静岡県浜松市高塚町300番地
補助参加人
スズキ株式会社
代表者代表取締役
鈴木修
代理人弁理士
波多野久
同
関口俊三
同
久實聡博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、昭和58年審判第7349号事件について、平成4年2月12日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和55年9月12日、名称を「二輪車の車体構成」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和55年特許願第127642号)が、昭和58年3月22日に拒絶査定を受けたので、昭和58年4月12日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁が同請求を同年審判第7349号事件として審理中の平成3年1月29日に本願について特許出願公告がなされた(特公平3-6027号)が、これに対し特許異議の申立てがなされ、特許庁は、平成4年2月12日、「本件特許異議の申立ては、理由があるものとする。」との決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月9日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
原動機搭載二輪車(自転車を含む)において、前後二輪の側面に沿う車枠若しくは原動機関連部材を用いて車輪車軸の近郊である高さの位置(車輪の半径における車軸線上十分の四、車軸線下四分の一の高低範囲内の高さ、とする)にて車体中心線より両側(片側20センチメートルから30センチメートルに及ぶ範囲内とする)に40センチメートルから60センチメートルに及ぶ距離と間隔を設けて比較的に軽量な迫り出し部分に一対のバランスウエイトを装着したことを特徴とする二輪車の車体構成。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に外国において頒布された刊行物である米国特許第3,878,910号明細書(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明することができたものと判断し、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載事項の各認定は認める。また、本願発明と引用例発明の一致点、相違点の各認定も認める。
しかし、審決は、上記相違点の検討において、本願発明と引用例発明のそれぞれの技術思想の差異を看過し(取消事由1)、本願発明の構成要件である数値の有する意味を誤解し(取消事由2)、本願発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由3)ため、誤った判断をし、その結果誤った結論に達したものであるから、違法として取消しを免れない。
1 取消事由1(技術思想の差異の看過)
本願発明は、原動機搭載二輪車(単なる自転車を含む。以下「二輪車」という。)の走行安定性を僅かな改良で飛躍的に向上させようとするものである。
これに対し、引用例発明は、もともと駆動装置の取り付けられていなかった自転車に駆動装置を取り付けることにより悪化する走行安定性を、駆動装置が取り付けられていなかったもとの状態にまで回復させようとするものにすぎず、そこには、二輪車に通常取り付けられていないその限りでは余分なものを取り付けて走行安定性を通常の二輪車に比べて飛躍的に向上させようとする本願発明の技術思想は全く見られない。
審決は、引用例(4欄23~26行)には、「二輪車の左右両側に配置されたバッテリーおよびバッテリーケースによって、二輪車のバランスと操縦性が向上する、旨記載されている。」(審決書6頁19行~7頁3行)と認定しているが、引用例の上記記載部分の正確な内容は、「さらに、自転車10の各側にケーシング72とバッテリ84が存在することが、自転車のバランスをとり、ハンドリングを容易にするのに寄与している。」(甲第3号証訳文6頁7~9行)であるから、もし審決認定中の上記「向上する」の意味が「駆動装置の取り付けられていない状態のときよりよくなる」という意味であるなら、審決の認定は誤りである。
このように両発明の技術思想が全く異なるものである以上、引用例発明に基づいて本願発明を発明するということは、およそありえないことである。
2 取消事由2(本件数値の意味の誤解)
審決は、本願発明の構成要件として特許請求の範囲に記載された各数値(以下「本件数値」という。)につき、「臨界値としての格別の技術的な意味があるとは言い難く、当該各数値は、本願発明を種々の二輪車に適用するに当たってのバランスウェイトの位置の範囲を、客観的に納得しうるだけの根拠に基づくことなく、一応の目安として例示しようとしたための数値にすぎない」(審決書9頁12~18行)と認定判断しているが、誤りである。
本件数値は、「特許請求の範囲において、バランスウエイトの装着個所が不明である。」等の拒絶理由通知に対して、適法に補正し確定され出願公告された客観的な根拠のある数値であり、二輪車の走行安定性を飛躍的に向上させるという本願発明の目的のために必須の要件である。
審決が、この補正の経緯を無視し、本件数値に意味がないとしたことは許されない。
3 取消事由3(作用効果の看過)
引用例発明から予想できる車体構成の作用効果は、駆動装置を設ける際、設け方によっては発生する二輪車の走行安定性の悪化を防止する程度に止まるのに対し、本願発明の車体構成は、駆動装置の設けられたもの、設けられていないものを問わず、既存の通常の二輪車の走行安定性を飛躍的に向上させるという予想外の作用効果をもたらすことができる。
審決は、本願発明のこの顕著な作用効果を看過した。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
引用例発明は、自転車に駆動装置を搭載するに際し、そのバランスに悪影響を及ぼすことのないようにバッテリを装着することを目的の一つとし(甲第3号証1欄29~31行、訳文1頁27行~2頁1行)、そのために、自転車の車体両側にバッテリを装着し、その高さを比較的重心が低くなるように設定して、自転車のハンドリング(操縦)や操作に悪影響がないようにするものである(同1欄31~36行、訳文2頁1~4行)。そして、重心は後車軸の少し上になるが、それにもかかわらずかなり低く、両側にバッテリとケースが存在することが、自転車のバランスをとり、ハンドリングを容易にするのに寄与している(同4欄21~26行、訳文6頁5~9行)。
自転車のバランスをとり、ハンドリング(操縦)を容易にするという引用例発明におけるバッテリ及びケースの上記作用効果は、重量物であるバッテリ及びケースを自転車の車体両側に適切に配置することによりもたらされるものであるから、バランスウェイトのない走行安定性の不十分な状態の二輪車に、バランスウェイトを適切に装着することにより走行安定性を付与する本願発明において、バランスウェイトがもたらす作用効果と結果において同等のものということができる。
このように、本願発明と引用例発明は、ともに、重量物の適切な配置によって二輪車のバランスをとり、走行安定性を確保する点で共通であり、しかも、本願発明のバランスウェイトはその材質、形状にとらわれない(甲第2号証4欄24、25行)ものであるから、引用例発明のバッテリ及びケースは本願発明のバランスウェイトに相当するというべきものである。
2 同2について
本願発明に特許権を付与すべき根拠となるべき格別の技術的な意味が本件数値にあることは、少しも明らかにされていない。
したがって、審決が、本件数値につき「臨界値としての格別の技術的な意味があるとは言い難く、当該各数値は、本願発明を種々の二輪車に適用するに当たってのバランスウェイトの位置の範囲を、客観的に納得しうるだけの根拠に基づくことなく、一応の目安として例示しようとしたための数値にすぎない」(審決書9頁12~18行)と認定判断したことに何の問題もない。
3 同3について
本願発明の構成により既存の二輪車の走行安定性が向上することは全く証明されていないから、原告の主張は、前提を欠くものであり、失当である。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない)。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1について
(1) 甲第2号証によれば、本願明細書には、本願発明の目的につき、以下のように記載されていることが認められる。
「本発明は、原動機搭載二輪車(以下単車と略称する)の走行時の安定性向上を計つた車体構成に関する。
単車では、その原動機、燃料タンク等可成りの重量物とされる主要構成体の殆どが前輪および後輪間において車枠に装備され、設計上からしてはこれ等の主要構成体の形態並びに配置を適切にして車体重心を低くし、走行安定性の向上が計られている。しかし、過酷な設計条件が課せられている国産市販の単車では外国製のそれに比べて走行安定性のみの比較では必ずしも満足できる性能を発揮し得ないのが現状である。この理由は、国産の単車ではその使用環境からして車高を低くすることに制限を受け、しかも車体重量の軽減が車体設計上から重要課題とされている点に起因しているといえる。
ところで、単車はその走行に当つて、高速走行、低速走行を問わず、全体のバランスが良く走行安定性に優れ、ライダーの意志が素直にハンドルに伝達されて無理のない操縦操作ができることが理想とされる。
単車におけるこの走行フイーリングは実際に単車に搭乗し、実走してみて体感によりはじめて会得されるものである。
本発明は上記の点に鑑みなされたもので、市販の国産単車の車体構成を根本的に変更するのではなく、僅かな改良で走行安定性を飛躍的に向上して、性能アツプした単車を提供しようとするものである。」(同号証1欄14行~2欄15行)
上記記載によれば、本願発明は、市販の国産単車の走行安定性を、その車体構成を根本的に変更することなく、これに僅かな改良を加えるだけで飛躍的に向上させることをその目的とするものであるということができる。
(2) 一方、甲第3号証によれば、引用例には、引用例発明の目的等につき、以下のように記載されていることが認められる。
「本発明の目的の1つは、従来のほとんどの自転車に容易に取り付けることができる、単純な車体構造を構成する自転車用の電気駆動アセンブリを提供することにある。
もう1つの目的は、自転車のバランスに悪影響を及ぼすことのないように、バッテリを装着するアセンブリまたは装置を提供することにある。すなわち、自転車の一方の側に、バッテリの1つを装着し、もう一方の側には、もう1つのバッテリを装着して、その高さについては、自転車のハンドリングまたは操作に悪影響のないようにするため、比較的重心が低くなるように設定されている。」(同号証1欄25~36行、訳文1頁24行~2頁4行)
「図4及び6から明らかなように、重心は、後車軸24の少し上になるが、それにもかかわらず、極めて低い。さらに、自転車10の各側にケーシング72とバッテリ84が存在することが、自転車のバランスをとり、ハンドリングを容易にするのに寄与している。」(同4欄21~26行、訳文6頁5~9行)
上記記載によれば、自転車の走行安定性に関する引用例発明の目的は、駆動装置の設置されていない従来の自転車が既に備えている走行安定性が駆動装置を取り付けることにより悪化するのを防ぎ、従来の走行安定性を維持することにあると認められる。
(3) 以上(1)、(2)の事実によれば、市販の国産単車の車体構成を根本的に変更することなく、僅かな改良を加えるだけで、その走行安定性を飛躍的に向上させることという本願発明の目的と全く同じ目的を、引用例発明が有するものということはできない。
しかしながら、改良の対象とする二輪車として何を選ぶかの点に相違があるとはいえ、二輪車の走行安定性が不十分と考えられる場合に、これを向上させることを目的とする点においては、両発明に相違はないといわなければならない。
また、走行安定性向上の手段として引用例発明が採用した構成が、重量物であるバッテリ及びケーシングを自転車の車体両側の比較的重心が低くなるような位置に適切に設定することであることは、上記記載から明らかであるから、重量物を車体両側の適切な位置に設置することにより二輪車の走行安定性を向上させる点においても、両発明に相違はない。
そうとすれば、改良の対象とする二輪車として何を選ぶにせよ、不十分な走行安定性を向上させる手段として重量物を車体両側の適切な位置に設置する構成を採用する点において、本願発明と引用例発明とは、その技術思想を同じくするものと認められるから、引用例発明が公知技術として存在する以上、この構成を採用することは、当業者が格別の困難なくできることといわなければならない。
本願発明と引用例発明の技術思想が全く異なることを前提とする原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 同2について
甲第2号証によれば、本件数値につき、本願明細書中には、「以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。・・・6は本発明に係るバランスウエイトで、原動機搭載二輪車(自転車を含む)において、前後二輪の側面に沿う車枠若しくは原動機関連部材を用いて車輪車軸の近郊である高さの位置(車輪の半径における車軸線上十分の四、車軸線下四分の一の高低範囲内の高さ、とする)にて車体中心線より両側(片側20センチメートルから30センチメートルに及ぶ範囲内とする)に40センチメートルから60センチメートルに及ぶ距離と間隔を設けて比較的に軽量な迫り出し部分に一対のバランスウエイトを装着したことを特徴とする二輪車の車体構成上として、この形態によるバランスウエイトの重量分布によりて、これは車枠4、若しくは原動機関連部材で、例えば、車枠4の両側において原動機5aから後方に延びるマフラー7等に装着され、その位置は可及的低位置にして車体中心線より両側に可及的離間させて一対のものを装着する。図示例ではマフラー後端部下面に止具8を使用して取着している。」(同号証2欄16行~3欄12行)と、実施例に即して記載されているだけで、それ以上に本件数値の有する格別の意味を具体的に説明する記載はないことが認められる。
そして、二輪車の不十分な走行安定性を向上させる手段として重量物を車体両側の適切な位置に設置することを採用するとしても、その設置位置の決定に当たっては、余りに高い位置では重心が高くなりすぎて操縦性に悪い影響があり、逆に余りに低い位置では走行時車体が傾いたときなど地面に接してしまうことにもなり、また、車軸線に余りに近接して設ければバランスウェイトとしての意味を持たないことともなり、逆に本来の車体の幅をはるかに超える位置に設ければ走行時における他車との接触の危険性が増大するなどの点は、当業者として当然に考慮に入れなければならない条件であることは明らかであり、これらの条件を勘案すれば、本件数値は、二輪車の車体両側に重量物を設置して走行安定性を向上させようとする場合に考えられる常識的な範囲のもの以上の意味を有するものとは認められず、したがって、当業者が本件数値を採用することに困難性はないといわなければならない。
その他、本件数値が本願発明の目的を達成するうえで格別の意味を有することは、本件全証拠を検討しても認めることができない。
原告主張の取消事由2も理由がない。
3 取消事由3について
甲第2号証によれば、本願発明のバランンスウエイトを設置した場合と設置しない場合との走行安定性の比較については、本願明細書中に具体的な記載はないことが認められ、本件全証拠を検討しても、その向上の程度を客観的に示す資料はない。したがって、本願発明が予想外の顕著な効果を奏するものであることは、結局、明らかでない。
原告主張の取消事由3も採用できない。
4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)
昭和58年審判第7349号
審決
兵庫県神戸市兵庫区荒田町2丁目16番4号
請求人 三松久夫
昭和55年特許願第127642号「二輪車の車体構成」拒絶査定に対する審判事件(平成 3年 1月29日出願公告、特公平 3- 6027)について、次のとおり審決する.
結論
本件審判の請求は、成り立たない.
理由
Ⅰ.本願の手続の経緯およびその発明の要旨
本願については、昭和55年9月12日に出願され、平成3年1月29日に出願公告をされたものであって、出願公告時の明細書および図面の記載から見て、その発明の目的は、市販の単車の車体構成を根本的に変更することなく、僅かな改良で走行安定性が向上し、性能が向上した単車を提供すること(明細書第2頁第15行ないし第19行)であり、特許請求の範囲に記載された以下の事項を、その発明の構成に欠くことができない事項としているものである.
「原動機搭載二輪車(自転車を含む)において、前後二輪の側面に沿う車枠着しくは原動機関連部材を用いて車輪車軸の近郊である高さの位置(車輪の半径における車軸線上十分の四、車軸線下四分の一の高低範囲内の高さ、とする)にて車体中心線より両側(片側20センチメートルから30センチメートルに及ぶ範囲内とする)に40センチメートルから60センチメートルに及ぶ距離と間隔を設けて比較的に軽量な迫り出し部分に一対のバランスウエイトを装着したことを特徴とする二輪車の車体構成.」
そして、本願発明は、前記事項をその構成に欠くことのできない事項としていることにより、以下の効果を奏する(明細書第5頁第11行ないし第6頁第1行)、というものである.
<1>走行安定性が向上し、無理な操縦操作力を要さず、ごく自然な形で人車一体となって高速、低速走行を問わず安全運転が実現できる.
<2>バランスウエイトは、その材質、形状にとらわれず、車体に対する組み込み、別個パーツとしての装着が自由である.
<3>バランスウエイトによる車重増加は、車重との比において特に問題にする程のことはなく、殆ど無視することができる.
Ⅱ.従来の発明
これに対し、特許異議申立人スズキ株式会社が証拠(甲第2号証)として挙示し、本願の特許出願前に外国において頒布された刊行物であると認められる米国特許第3,878,910号明細書(1975年4月22日特許、以下、単に甲第2号証と言う.)には、以下のとおりの発明が記載されている.
「原動機(電動モータ102として示されている.)搭載二輪車(自転車10として示されている.)において、前後二輪(前輪20および後輪22として示されている.)の側面に沿う車枠(車枠のうち関連する部分はリヤフォーク16として示されている。)若しくは原動機関連部材(左右一対のL型板54として示されている.)を用いて車輪車軸(後車軸24として示されている.)の近郊で重心の位置が比較的低くなるようなある高さの位置にて車体中心線より両側に比較的に軽量な迫り出し部分(左右一対の水平板58として示されている.)に一対のバッテリー(バッテリー84として示されている.)入りバッテリーケース(バッテリーケース72として示されている.)を装着したことを特徴とする二輪車の車体構成.」
Ⅲ.発明の対比
そこで、本願発明と甲第2号証に記載された発明とを対比すると、両者は、以下の事項について一致している.
「原動機搭載二輪車(自転車を含む)において、前後二輪の側面に沿う車枠若しくは原動機関連部材を用いて車輪車軸の近郊である高さの位置にて車体中心線より両側に比較的に軽量な迫り出し部分に一対の重量物を装着したことを特徴とする二輪車の車体構成.」
しかしながら、両者は、以下の事項について相違している.
相違点(1)
前記重量物が、本願発明においてはバランスウエイトであるのに対し、甲第2号証に記載された発明においてはバッテリーおよびバッテリーケースであること.
相違点(2)
前記重量物を装着すべき位置が、本願発明においては、車輪の半径における車軸線上十分の四、車軸線下四分の一の高低範囲内の高さであって、車体中心線より片側20センチメートルから30センチメートルに及ぶ範囲内として両側に40センチメートルから60センチメートルに及ぶ距離と間隔を設けた位置であるのに対し、甲第2号証に記載された発明においては、重心の位置が比較的低くなるような高さであって、車体中心線より両側の位置であること.
Ⅳ.当審の判断
さて、当審は以下のとおり判断する.
1.相違点(1)について
甲第2号証第1欄第29行ないし第36行には、バッテリーは二輪車のバランスが崩れないように装着され、二輪車の一方の側に一つのバッテリーが装着されるとともに他方の側には別の一つのバッテリーが装着され、各バッテリーの装着される位置の高さは、操縦性や操作性が損なわれないように、重心の位置が比較的低くなるような高さに設定される、旨記載されており、さらに、甲第2号証第4欄第23行ないし第26行には、二輪車の左右両側に配置されたバッテリーおよびバッテリーケースによって、二輪車のバランスと操縦性が向上する.旨記載されている.
以上の甲第2号証の記載からすれば、甲第2号証に記載された発明において、バッテリーおよびバッテリーケースは、二輪車のバランス、操縦性および操作性を考慮して、二輪車の左右両側に、重心の位置が比較的低くなるようにして装着されるものであり、そうすることによって、二輪車のバランスと操縦性が向上する、というものであることは明らかであって、このようなバッテリーおよびバッテリーケースの持つ機能および作用、効果は、本願発明のバランスウェイトの持つ機能および作用、効果と軌を-にするものであるから、甲第2号証に記載されたバッテリーおよびバッテリーケースは、本願発明のバランスウェイトに相当し、両者は、その配置構成の面から見て実質的に同等のものと言うことができる.
したがって、前記相違点(1)は、実質上差異のないものである.
2.相違点(2)について
本願明細書には、前記相違点(2)に係る本願発明の構成に関し、「(バランスウェイトの)位置は可及的低位置にして車体中心線より両側に可及的離間させて一対のものを装着する.」(明細書第3頁第8行ないし第10行)旨記載され、さらに「市販の単車はメーカおよび車種の違いから車体構成、単車重量、その他もろもろの特性も異なり、一概にバランスウェイトの装着場所を全車共通に指定することはできない」(明細書第3頁第13行ないし第16行)旨記載されてはいるものの、バランスウェイトを装着すべき位置を数値によって限定している以下の事項(A)、すなわち、
事項(A)
「車輪の半径における車軸線上十分の四、車軸線下四分の一の高低範囲内の高さであって、車体中心線より片側20センチメートルから30センチメートルに及ぶ範囲内として両側に40センチメートルから60センチメートルに及ぶ距離と間隔を設けた位置」
に関して、各数値がどのような根拠に基づいて特定されたものであるのか、また事項(A)に係る技術的範囲が、各数値によって限定されたことによりどのような作用および効果が生じ、その作用および効果が、各数値によって限定された範囲を超えた場合の作用および効果と対比したとき、どのように相違し、あるいはどの程度相違するのか、等の各数値の根拠および作用効果との関連性については、何ら具体的に記載されていない.
このため、本願明細書の記載に見る限り、前記事項(A)における具体的な数値には、臨界値としての格別の技術的な意味があるとは言い難く、当該各数値は、本願発明を種々の二輪車に適用するに当たってのバランスウェイトの位置の範囲を、客観的に納得しうるだけの根拠に基づくことなく、一応の目安として例示しようとしたための数値にすぎない、と言わざるを得ない.
結局、本願明細書の全趣旨から見て、本願発明の構成に欠くことができない事項として特許請求の範囲に記載されている前紀事項(A)は、実質的には以下のとおりのものと解するのが相当である.
「走行安定性が向上し、無理な操縦操作力を要さず、ごく自然な形で人車一体となって高速、低速走行を問わず安全運転が可能となる限度内で、可及的に低位置で、車体中心線より両側に一対のバランスウェイト相互を可及的に離間させた位置」
他方、甲第2号証には、バッテリーおよびバッテリーケースが、二輪車のバランス、操縦性および操作性を考慮して、二輪車の左右両側に、重心の位置が比較的低くなるようにして装着されることによって、二輪車のバランスと操縦性が向上する、旨記載されていることは前記のとおりであるから、バッテリーおよびバッテリーケースが本願発明のバランスウェイトに相当し、前記事項(A)は前記のとおり解すべきものである以上、本願発明の前記相違点(2)に係る構成は、二輪車に関する通常の知識を有する者であれば、甲第2号証の記載に基づいて、格別の困難を伴なうことなく想到することができたものである、と言うことができる.
3.総合判断
以上を総合して判断すると、本願発明は、当業者が前記甲第2号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものである.
Ⅴ.まとめ
以上のとおりであるから、特許法第29条第2項の規定により、本願発明については、特許を受けることができない.
よって、結論のとおり審決する.
平成4年2月12日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)